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藤竜也さん、関東学院中学校高等学校での思い出を語る

#インタビュー #卒業生

俳 優(1959年度卒業生)

藤 竜也

藤竜也さんは関東学院中学校高等学校の卒業生で、現在は横浜市在住。 80代を超えて今も第一線で活躍する藤さんに、当時の思い出をお聞きしました。

僕が子どもの頃の横浜は、敗戦の傷跡がまだ色濃く残り、伊勢佐木町あたりに遊びに行くと焼け跡にテントを張って営業する露店が並んでいました。尾羽うち枯らした(落ちぶれた)ような姿の日本の男達と、カーキのズボンに白いTシャツを着て颯爽とした米兵とのコントラストは子ども心にも感ずるものがありましたね。そこからすごい勢いで街が復興していく様をつぶさに見てきました。  親族に牧師などキリスト教関係者が多くいたこともあって、中高6年間を関東学院で過ごしました。楽しかったですよ。校舎(当時)がロマンティックで、丘を登っていくと古色蒼然たるお城のような感じでね。どこか外国っぽい、オープンな気風がありました。中学生の頃は結構勉強して、3年生の時には生徒会長を務めました。当時は活発な子どもでしたね。戦後の混乱期、7歳の時に父を事故で亡くしたこともあり、僕は小学校を5回も転校しているんです。だから鼻っ柱が強くないと生きていけなかったし、自分の意見をバンバン述べる子どもでした。  それが高校生になったらパタッと勉強しなくなって。小説や映画に夢中になり、友達と遊び回って、よく卒業することができたなと思うくらいです(笑)。当時は礼拝の時間があまり好きではなくて、先生からすると、何かと扱いにくい生徒だったかもしれません。ちょうど若者の政治的なムーブメントが起きていた時代性にも感化されたんでしょうね。でも、当時は聞き流していたつもりでいた礼拝での先生や牧師さんの言葉が、今でも心のどこかに残っていて、やっぱり影響を受けているんだなと感じます。

よく憶えているのは、中学の英語の先生が日系アメリカ人で、僕らを「Gentleman」と呼ぶんです。少年に対しても敬意を示すアプローチの仕方は、不思議なときめきと同時に、ある意味、プレッシャーも感じました。その影響か、僕はいまだに年下の人に敬語で話しますし、呼び付けはなかなかできませんね。それに俳優という仕事は年の差とかジェンダーなんて関係ない世界。子役の小さな子でも「すごいな」と思いますし、「さん」付けで呼びたくなっちゃう(笑)。そういうのは面白いところですね。  高校の卒業ダンスパーティーも印象に残っています。山下町にあるホテルニューグランド旧館のホールでやったんですよ。当時は男女別々のクラスでしたし、同級生の女子と一緒に踊るなんてもちろん初めて。ちょうどエルビス・プレスリーが流行っている頃で、アメリカンな雰囲気が本当に洒落てましたよね。



2024年に日本映画プロフェッショナル大賞で特別功労賞、TAMA映画賞で最優秀男優賞、日刊スポーツ映画大賞・石原裕次郎賞で助演男優賞を受賞するなど、80歳を超えてまだまだ現役の藤さん。これからのご活躍も楽しみにしています。


俳優
  藤 竜也 さん

1941年生まれ。本名;伊藤龍也。 関東学院中学校高等学校卒業。 日本大学芸術学部演劇学科在学中(のちに中退)に スカウトされ、1962年スクリーンデビュー。 数々の映画やドラマで活躍中。